邪馬台国にたどり着くルート

邪馬台国という国は日本の本屋さんの棚の中にしかなく、本来は邪馬壹国または、邪馬臺国です。

いずれにしてもこの国は四国の山上にありました。

魏志倭人伝の指示する通りに航海すると果たして四国の山上にたどり着くのでしょうか。

鳴門古事記研究会で発表したレジメを公開いたします。

2019年4月7日      阿波鳴門古事記研究会発表レジメ

地理と国防で考える邪馬 臺 国へのたどり着き方

魏志倭人伝の言う通りそのまま素直に読むと阿波の山上王国にたどり着きます。しかし国防のために意図的に数か所、航海術を知っている倭人しか知り得ないトリックが仕込まれています。

どうしてそういうルートになるのかは当時の航海術の限界と瀬戸内海を横断する知識がなかったこと、そして対大陸を考えて意図的に侵入しにくいルートの方を教えていたのです。

みなさんも一緒に邪馬 臺 国にたどり着いてみてください。難しくないはずです。

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